種子島のお茶の歴史は意外と古く、発祥は百年以上さかのぼります。
明治42年、おいしいお茶ができる土地を探し求めていた、静岡の先人によって伝承されました。

起源は静岡のお茶

静岡のお茶の歴史は鎌倉時代から始まり、戦国時代になると銘茶として知られていました。

明治時代に、徳川家臣の帰農や大井川の川越し人足などが職を失った後、牧之原でお茶の開墾にあたりました。
その後、静岡県各地で茶畑が増えたことで、静岡は日本を代表するお茶の生産地になります。

その当時は、当園の初代も静岡でお茶を栽培していました。

富士山を望む静岡の茶園の光景

静岡から種子島へ

種子島茶が誕生したきっかけを作ったのは、静岡出身の熊毛郡(種子島と屋久島)初代郡長でした。

初代郡長が静岡へ帰郷した際に、「種子島の土質と霧の出る気候が、静岡と同じく茶栽培に適しているのでは」と、地元の茶業者に種子島での茶業経営を勧めました。

その勧誘に応じた当園の初代が、明治41年12月に単身種子島へ視察に出向き、翌年3月に同業者と共に種子島へ移住したのが、種子島茶の始まりです。

その後、静岡からの移住者や地元民にも茶栽培が波及していきました。

初代熊毛郡郡長 牧野篤好翁
初代熊毛郡郡長 牧野篤好翁

戦後~現在

一時戦争の影響により衰退しましたが、昭和22年に熊毛郡茶業振興会が組織され、積極的な茶業奨励がなされたことから、年々茶栽培面積は増加していきました。

現在は、初代より数えて四代目にあたる茶農家が中心となって、種子島の茶業を支えています。

種子島の茶園の光景